母親が亡くなって三年目になります。
悪性リンパ腫を不屈の精神力で克服したのですが・・・
最後は肝臓がんで亡くなりました。
若い頃から病弱でいつも病院通いをしていた母でした。
病気に対して異常なほど敏感で直ぐに病院に行っていたので
病弱にも関わらず81歳まで生きました。
悪性リンパ腫で長い事日赤病院に通っていたのですが
肝臓がんが見つかり手術を勧められたのですが
母に「肝臓が悪くなっているからお医者さんは手術した方が良い
と言ってるけどどうする?」と聞くと
「徹、私は今まで何回も手術してきたけどもうこの年になって
手術はしたくない」と言います。
母親はカテーテルでの治療も嫌がったのですが
何とか誤魔化しカテーテルでの抗がん剤の治療は受けさせました。
肝臓は大きな臓器だし高齢なので進行も遅いので
たちまちどうのと言う事はないとの先生の話でしたが・・・
急に体力が落ちたのでホスピタルの充実した病院に入院させる
ことにしました。
母親が入院する日と私がアメリカのシアトルに招待旅行で
行く日が重なりました。
早朝、母親の部屋に行き「お母ちゃんわし今日から五日くらいアメリカ
に行くから病院でしっかり養生するんよ」
と言うと「徹、ちょっと話があるんじゃが」と言います。
「今日は時間がないから帰ってからゆっくり聞くけん」
と言いアメリカに出かけました。
アメリカから帰ると母親は意識が無くなっていました。
「おかあちゃん徹よ帰ってきたよ」
と声をかけても返事がありません。
母にはブルガリの香水を買ってきたのですが・・・
それから10日あまりで亡くなりました。
何故あの時話を聞いてあげなかったのかと
今でも悔やんでいます。
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