佐々木順建設は広島の工務店、
自然素材の木の家でつくる注文住宅
二世帯住宅もおまかせ下さい

社長ブログ

調子者の私
投稿日:2008年10月31日

先日AFPの合格をブログに書きましたが、

「お父さんブログに合格したなんて、嬉しげに書くもんじゃない」と

女房からひんしゅくもんでした

家でお祝いしてくれる雰囲気も無かったので

流川にひとりで行き、自分で自分を祝いました



スタンドに勤めている長い付き合いの女の子に替わった店が

分からないので携帯に電話して行きました

所がその子が店にいません

「ママMちゃんは?」と尋ねると

「あら佐々木さん彼女は月曜日と土曜日は休みです

彼女に電話して休みなら休みと言えばよいのにと文句言うと

「休みなのと言おうとしたら佐々木さん直ぐ電話切るんだから」

と言われました



仕方なく店で飲んでいると花束が届きました

彼女に合格祝いで飲みに出た事言ったから気を使ったのでしょう

困ったものですねこのおっさん



さて本題ですが二つ違いの姉にも合格を言ったものだから

お祝いを貰いました

毛筆で書かれたねぎらい言葉の手紙と一緒に

手紙文を読んで思わず目頭が熱くなりました

うちの姉は私と違い皆実小学校時代優等生で中学校から

私立のミッションスクールに行きました



その点私は不祥の弟で姉にひっついて私塾に行ってましたが

勉強は上の空

休憩時間のおやつを楽しみに行く始末

塾の先生から「佐々木にはどうしようもない弟がいる」と褒めて頂いて

いたぐらいです



小学生の頃は、どうしようもなかった弟が親父の後を継いで

頑張っているのが嬉しいようです

持つべきは、やはりきょうだいですね



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家具屋の友達
投稿日:2008年10月30日

昨日久し振りに祇園で樹良久と言う

無垢家具を製作している友達の所に行きました

彼は口は悪いし酒癖も悪いが情の熱い良い奴です



無垢の家具に昔からこだわりを持って作ってます

中央大学の法科出身と言う変わり種です

親父が家具屋さんをやっていてそれを継ぎました

言ってみれば私と同じ境遇?



中学、高校とクラスは違いましたが同じでした

木や家具の仕口、継ぎ手、自然塗料に対しての知識は深く

ホームページにはそんな情報が満載されてます

そうそう彼の会社のホームページは彼が独学で学び

造り上げました



一日に200件もアクセスがあるようです

しかし笑うのが莫大な情報量のホームページを自ら作れるのに

パソコンのメールが使えないというアンバランス?

私は携帯のメールは大得意です

誰としているんだと問われると恥ずかしい限りですが

勿論仕事上のメール交換です

すみません嘘をついてしまいました



人間は必要性に迫られると何でも出来るように

なるという良い証例なのでしょうか?



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悲しい恋の物語?
投稿日:2008年10月29日

私は大学は千葉県に行きました

東京から来ている奴も多くて、他の学生は大半が東京弁

これが私には馴染めず4年間広島弁で通しました



だからクラスで付いたあだ名は「広島」です

佐々木とは言われずに4年間「広島」と呼ばれました

悲しい思い出はその大学時代の話です



たしか大学2年生の時でした

気の合う7人のグループが出来ました

東京の練馬に住んでる友人の中学生の時の女友達とその仲間二人

女の子と今で言う合コンをしました

男は4人位集まりました



その中の一人の女の子に、私はなんと恋をしました

目鼻たちのはっきりしたモダンガールでした

とても広島から出てきた田舎男にゲット出来るような

女性では有りませんでした



電話番号を初めての時、聞いていたのか?

後で友達に頼んで聞いたのか忘れましが

ともかく女の子の家に電話しました



「もしもし佐々木ですが話があるので会ってもらえませんか?」

女の子はいとも簡単に?「ああ良いですよ」

待ち合わせ場所は田舎っぺでもわかる新宿御苑?

待てど暮らせど彼女は待ち合わせ場所に来ません

30分くらい待って不安な気持ちで彼女の家に電話しました

お母さんが出られて「今日友達を見送りにに行ったのですが

飛行機の時間が遅れて、申し訳ないですが一時間ばかり遅れるようです」

う~んすっぽかされたのではなかった



彼女が遅れてやって来ました

新宿御苑を二人でそぞろ歩き

風邪気味の私、話しながら鼻がズルズルして来ました

鼻をかもうにもチリ紙はない

話しながら多分鼻ちょうちんになったのでしょう

彼女見かねて「佐々木君これ使って」

チッシュペーパ貰い、鼻かみました

ズルズルと音をたてながら



それから新宿の喫茶店に二人して行き、私は告白しました

「もし良ければ彼女になってください」

結果は勿論



「佐々木君は非常に素朴で良い人です。私初めて会った時から

好感もてた人なのです。でも私婚約者がいるんです」

フィアンセがいるのにデートに誘われてノコノコ出てくんなと

心の中では呟きながらも

顔を引きつらせ「友子さん幸せになって下さい」

と言って別れました

これを書いてるうちに40年前の記憶が蘇り

彼女の名前まで思い出しましたよ

なんてことだサンタマリアです



これが私の悲しい恋の結末でした

何の事はない

一方的な片思いのお話でした









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合格しました
投稿日:2008年10月28日

今朝10時にインターネットで

AFPの試験の合格が照会出来ました

ホームページにアクセスして、自分の受験番号と氏名

生年月日入れて照会するシステムでした

11桁の受験番号を入力すると完全合格と出ました

完全合格?どういう意味だろうと?

学科と実技試験があったので両方に合格した事でした

一部合格と完全合格と区分しているようです

模範解答が試験当日ホームページ上に乗り

自己採点が出来たので合格している自信はあったのですが・・・

万が一と言う事もありますから、やはり合格発表があり

ホットしました



この半年間真面目に夜週2回、大栄教育システムさんに通い

講義内容を録音させて頂き

リキの早朝の散歩の時にMD聞きながら、

物覚えの悪い頭に汗を

かかせた甲斐がありました。



美人の講師のN先生に面目が立ちました?

女の人それも若くて美人の女性が大好き人間の私

(最もわたしに限らず世の男性はみんなそうでしょうが

世の男性諸君の中でも特に面食いなわたし

昔から動機が不純な時の方が頑張るタイプなのです



老体鞭打ち、上のCFPもめざそうかなあ~と思ってます

でも今度はパソコン上の勉強になり美人のN先生の講義が聞けないから

頑張れるかしら?とまたまた不純不遜なことを思っております



今日は自分で自分を褒めてやる為に、

久しぶりに流川に繰り出そうと思ってます



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地鎮祭
投稿日:2008年10月27日

先週の土曜日に西翠町で建設する住宅の地鎮祭がありました

土地の境界の事で紆余曲折があっただけに

感慨深いものがありました

日本国は土地に対する執着心が昔から強く隣地境界の問題は

一筋縄ではいかない様です



家族は30歳代のご夫婦と5歳の女の子と3歳の男の子

まさに子育て世代の家です

皆実町のH様邸を見学されたのがご縁で

うちの家造りを気にいって頂きました

その後も何回かうちの家を見て頂きました



住まい塾にもご夫婦で参加して頂きました

ご主人さんが着工式のご挨拶で「3年前に家づくりを思い立ち色々家を

見て歩いたのですが、しっくりした家がなかった。それが近所で建った

佐々木さんの家を見て求めていたのはこれだと思いました」

とありがたい言葉を頂きました



やはり出来た家を実際見て頂き、住まい塾で家づくりのポリシーを

勉強していただくのが一番良いと改めて思いました

完成は来年になりますがお洒落な家になりそうです

構造、完成体験会はさせて頂く予定ですので、ご期待下さい

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東京日帰りセミナー
投稿日:2008年10月26日

この金曜日に東京に日帰りでセミナーに行って参りました

日本一のコンサルタント会社F総研さんの東京本社でありました

東京丸の内の日生ビルでありましたが田舎者の私は面喰いました



ビルに入るとすぐガードマンが近づいて来ました

「どちらにお越しですか?」

「あのお~F総研さんですが」

するとあちらに受付がありますと指さされました

受付が二つもあるのです



受付で行先告げると何やら名札を貰いました

首にかけるやつです

JRの改札みたいになっていてそれをかざさないとゲート?が開かない

仕組みの様です



エレベーターに乗り23階に行きました

う~んすると今度は自動ドアーが入口にあります

またこのカードかざせば良いのかとカードを当ててもドアーは

開きません



受付の超別嬪のモダンガールが中から開けてくれました

私がカードを当てていたのは恥ずかしや説明看板でした

恥ずかしいやら情けないやら

お姉さん「わかりにくいですよね」笑みを浮かべて言われましたが

今までこんな事したおっさんは多分私が初めてしょう

さすが東京セキュリティーは万全ですが

田舎者は面喰います



前にも書きましたが痴ほう症が確実に進行しています

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従兄会
投稿日:2008年10月25日

先日従兄の中でも一番親しく付き合いのあるY家の従兄と

飲み会を開きました

最年長は68歳東京在住の力ちゃんです

68歳で力ちゃんでもないのですが小さい頃からそう呼んでいます



力ちゃんの事は一度このブログにも書きました

東京から毎晩9時に能美島でひとり暮らしをしている

お母さんに20年間電話をしている超孝行息子です



6人の従兄が会し昔話に花が咲き乱れました

今までお互いが知らなかった秘話?逸話も飛び出し

大盛り上がりでした

小さい頃夏休みになると能美島に二つ年上の姉と

避暑に行かされました?

本家の叔母さんは愛想が悪いので本家ではなく二つ下の親父の妹

つまり叔母さんの家で2週間余りお世話になりました



親父と今でも健在の今年93歳になる叔母さんは兄妹の中でも

一番気が合い仲が良かったのです

晩年親父が能美島に「終の棲家」を造り帰った時も食事の世話や

掃除など本当に面倒見てもらいました



話の中で甘えん坊の私が夜になると夜の海を眺めては

「お姉ちゃん広島はどの辺かねえ~」よくビイビイ泣いていたことが

みんなの会話に上り少しばかり恥ずかしい思いになりました



今後一年に一度くらいはこうして集まろうと言う話になりました

付き合いの深い従兄と昔話をするのは楽しいものだと思いました

















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佐々木多十
投稿日:2008年10月24日

私の親父の親父、つまり私のお爺さんは佐々木多十と言う名前でした

私が生まれた時はもう死んでました

だから私はお爺さんは知りません



この前従兄弟の飲み会で、この多十爺の話で盛り上がりました

能美島の庄屋の番頭さんをしていたようです

何処で習ったのか読み書き算盤が達者で、

寺子屋の先生もしていたとか?

明治生まれは文盲の人も多かったようです

村の人にたのまれて巻き紙に達筆な筆文の手紙を

サラサラと書いて上げてたそうです



頭も聡明で田舎では大きい?庄屋の大番頭として陣頭指揮で

采配を奮っていたそうです

その多十爺は長男の武一郎(私の親父のお兄さん)が大のお気に入り

だったそうです

素直に親の言う事を聞き模範の息子

その点うちの親父は父親の言う事を聞かなかった様です



「武一郎はほんに親孝行息子じゃあそれに引き換え

順の野郎は不孝行者だ」といつもこぼしていたそうです



親父がいつも「兄貴は要領が良いから親父の気に入るようにしてた」

と私ら子供に言ってました

武一郎伯父さんは長い事、町会議員を勤めあげ、議長にもなった人物家

でした。

本家の従兄から聞いた話では、子供の頃から親父に怒られた事や

大きい声を出された事は只の一度も無かったそうです



同じ兄弟でもうちの親父と正反対で物静かなおじさんでした



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宮島での地鎮祭
投稿日:2008年10月23日

先日宮島で地鎮祭がありました

久し振りの設計事務所さんの仕事です

広島では著名なO先生の設計です

担当の方は若い別嬪さんです

いつもはお施主さんの指名がない限り、

会社の近くの仁保姫神社にお願いするのですが



今回はお施主さんの奥さんが宮司の出と言う事で厳島神社さんに

頼まれました

以前宮島の渡辺旅館さんのリニュアル工事をさせて頂きましたが

建設地は同じ大聖院の参道沿いにあり大変趣のある

ロケーションの良い場所です



奥さんの生家が隣にありますが昔ながらの町屋で国の重要文化財に

指定されてる様です

現在土塀の修復工事をしていました



昔この場所は郵便局があった様です

宮島は文化庁の所轄の様で、工事の前に試掘調査をして

遺跡の発掘してからでないと

工事にかかれないようです



工事着工は来年の一月の中旬

貴重な遺跡が出れば着工も大きく伸びるかもしれません

さすが世界遺産に指定された地だけの事は有りますね

住宅を建たてるのも大変な様です



地鎮祭で美味しいお弁当を頂きました

Dさん御馳走様でした







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娘を持つ男親の気持ち
投稿日:2008年10月22日

身びいきとはよく言われますが

なかなかに難しいですね

自分では身内に厳しくしていると思っても他人から見ると

身内に甘いと思われるでしょう

 

親ばかチャンリンとは良く言ったものです

子供に対してはある程度冷めた目も持てますが

これが孫になると正に盲目になります



子供が二人とも男の子だったせいか、女の孫にはもうメロメロです

私は女の子はいないので男親の愛娘に対する気持ちは分かろうはずも

ありませんが・・・・

女の孫に対してこんなにメロメロになるのだから

娘だとやはりメロメロになるのかなあ~



私の友人を見ているとやはりメロメロになる男親の方が多いようです

自分の愛娘が結婚をする時の男親の悲哀をよくテレビドラマで見ますが

実際もそうなんでしょうね?

また父親の子供の嫁に対する接し方は難しいものです

うちの亡き親父は息子の居ない時でも平気で家に上がり込んだりしてました

私は子供の嫁さんには自分の方から電話は勿論メールもしません

当たり前ですか?

あまりうるさく細かな事を言うと嫌われるし、私の様にA型人間で

細かな事が気になるタイプは、深入り?しないに限ります



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