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「72歳のスーパーじいさん」   広島 注文住宅
投稿日:2018年09月23日
2007年09月05日
72歳のスーパーじいさん
私が大阪の修行から帰った時親父は69歳でした。
しかしとてつもなく馬力が有りました。
その頃はまだ住宅の基礎は無筋の時代私の会社では基礎工事も
自前でやってました。
基礎を掘るのも手掘り型枠は大工さんを親父が指導して組んでました。
基礎のコンクリートもミキサーを回して現場で砂、セメント、砂利、水、
を調合して打ちました。
少ししてさすが基礎は外注にしましたが
私が帰って2~3年して親父が72歳の頃
従兄弟の家を川内のほうで新築したとき砂利と砂が余りました。
それを親父と取りに行った時の事一番大きい角スコでトラックに積むのですが
私は10分もしないうちに息が切れて手を休めると72歳の親父が
「徹もうばてたか?体がなまったのお~」と言われてしまいました。
大阪で7年の現場監督の修行作業員ではないので肉体労働はしていません。
ご幼少の頃からスパルタ教育で現場で鍛えれられた頃のスタミナは
どこへやら自分でもなまったなと思いました。
それにしてもこの親父は何じゃ
72歳でこのスタミナはこの調子で同じようにやっていると
殺されると思うほどでした
大工からのたたき上げの親父は何でも出来ました。
廿日市のN様では庭師でもないのに庭を池から庭木、土間の石張りから全て谷口さんと言う
片付け名人(このおじさんは本当に片付けをさすと天下一品でした)
と使い二人でやったほどです。


植木市では造園屋に混じりせりで植木を買っていました。
木が好きで能美島では家を建てる所に造成の段階で木や灯篭を
沢山置いたものだから造園屋が来るものだと近所で思われていたようです。
色んな意味でユニークな親父でした。


 

 


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「N君のこと」 広島 注文住宅
投稿日:2018年09月22日
2007年09月28日のブログ

N君の事

高校時代に友人だったN君は一年ダブってました。
他の高校に行っていて継母でぐれて転校して来たようです。
彼と私の共通の趣味が文学と言う事で親しくなりました。
私は大学に行きましたが彼は高校卒業して日産に就職しました。
千葉にいた私に一通の手紙が来ました。
昨日の私の話ではないですが・・・・
「今新入社員の訓練で合宿所に来ていますがとても訓練が厳しく
私は今日そこから逃げ出します。
軟弱な私は人間失格ですと言うような文面でした。」
まるで私と彼の当時崇拝していた太宰治ばりの文章でした。
私は彼に直ぐ返事を書きました。
お返しに負けず劣らずの太宰調の文面で・・・・
東京の上野に彼は住んでいましたが日産を辞めたと言うか
首になり、大半が女性の職場、おまけに彼の部署で若い男は彼だけ
もててもててたまらないと自慢の手紙が来てましたが
同じ会社の女の子三人に手を出し、それが女の子同士に
ばれてしまい総すかんを食って針のむしろだと
上野のアパートに私が遊びに行った時に彼は嘆いてました。

この分だとこの会社も辞めなければ行けなくなるかも
と言ってましたが、それからしばらくして
音信不通になりました。
今彼はどうしているのでしょうか?


				

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「それはないでしょう?」 広島 注文住宅
投稿日:2018年09月21日
今日も中学生時代の思い出を書きます。

先日突然会社に訪れてくれた中学生の同級生との会話です。

丁度家内がコーヒーを入れに席を外した時のお話です。

ふたりが「佐々木君は中学生の時から女好きだったねえ」

段原中学校美女ベスト5なんて物を作り私らにも見せていた。

その美女達はすべて他のクラスの女の子・・・・

失礼な話ですね。

私は全く覚えていません。

大学生の時に開かれたクラス会での事、アルコールに弱い私は酔っ払い、Wさんに甘えて膝枕してもらいました。

それを思い出し「Wさんクラス会の時に酔っ払って膝枕して貰った事あるけど覚えてる?」

「覚えてるよ!その後に本通りで田中さん(家内の旧姓です)と手をつないで歩いている所にばったり出くわした。

佐々木君私に膝枕で甘えたのはなんじゃったん?と思うたよ

あのクラス会の後でつきあいだしたん?」

我ながら節操がないなと反省しました。

遠い40数年前の思い出です。

お互い70近くになり、まさに昭和は遠くになりにけりです。

来年は年号も代りますね。



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