投稿日:2018年08月2日
私は能美島で生まれ4歳まで能美島で過ごしました。
私の親父は能美島で生まれて能美島で大工の修行をして建築の請負業をしていました。
45歳の時に広島市に家屋敷を売り払って出てきました。
仕事が趣味で倹約家で面白い男でした。
晩年親父は80歳の時に生まれ故郷の能美島に終の住み家を建てました。
広島から能美島まで軽トラで朝早く出て行き仕事して夕方帰ってきました。
フェリーは使わずそれもクレアラインも使わず国道31号線を走り音戸大橋を渡り早瀬大橋を渡り
能美島に行ってました。
ある日私は親父に言いました。
「親父なんでフェリーで使わんのん?フェリーがらくじゃろう?」
親父答えて「徹年をとるとバックでフェリーに入れるのが難しいんよ。だから陸送で行くんよ」
私はその言葉を信じていました。
しかし私が陸送めんどいのでフェリー乗りました。
するとフェリーも新しい機種は前進で入れて前進で上陸できるようになってました。
私ははあはあ親父はフェリー代が惜しくて陸送で行ってるのだと気づきました。
高速代惜しくて下道を走る位だから・・・・・
親父に言いました。
「親父あんたあ~フェリー最近は前進で入れて前進ででれるじやない。
あんたあフェリー代が惜しくてフェリーのらんの?」
親父答えて「いま気づいたか?」
私の顔見てへらへら笑いました。