萩本欽一さん
日本経済新聞に「私の履歴書」というコラムがあります。
日本だけではなくて外国の著名人の方も過去は出られました。
30号まであります。
1週間くらい前からコメデイアンの萩本欣一さんが登場されています。
高校の頃は家が貧しいので新聞配達をして学費を稼いだそうです。
苦労をしている母親を助けるために金持になるには、何が手っ取り場早いか?
当時売れっ子の有名な落語家の家を探してみたらみすぼらしい。
やはり売れっ子だった喜劇の大宮デン助さんの家に行って見ると大豪邸!
こりゃあ喜劇をやるのが金持への早道と大宮デン助さんの所に、
人を介して中学を卒業して弟子入りを申し出ると
「坊や高校勉強して卒業したら弟子にして上げるからまたおいで」
と言われたそうです。
高校を卒業してまた行ったら当時は飛ぶ鳥を落とすくらいになった伝助さんの
楽屋の前は長蛇の列「どうせ僕ことなど覚えてないわ」
と諦めてその場を立ち去ったそうです。
ストリップ劇場などでコントをやりながらの下積みから這い上がり
コント55号で売り出した頃に伝助さんに会う機会がありました。
「昔中学生の時に弟子の志願に行ったたら高校を卒業したら
またおいで弟子にしてやると言われました。本当に弟子にしてくれましたか?」
とたづねたそうです。
するとデン助さんは
「欣ちゃん俺は自分が約束した事は実行する。
あんたが来たら弟子にしていたよ~でも俺の弟子にならなくて良かったよ
俺の弟子になってたら主役はいつまで経っても俺だし、
ベテランの弟子も沢山いるから
いつまでたっても日の目を見なかったよ。」
人世どちらを選択するかで決まりますね。
2007年ライブドアブログに書きました。
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