それも中学3年生の時に島根県の山奥の頓原からの転校生でした
最も山奥のど田舎と揶揄する私は能美島の沖村出身です
負けず劣らずの田舎生まれそして育ち
偶然にも転校してきた彼女は私の隣の席になりました
美人だったから興味は有りましたが当時私は他のクラスの
マドンナの事が好きでした
時は流れて大学の3年生の時に中学3年F組のクラス会が
段原中学校の集会所?の様な所で有りました
その時にゲームで結婚ゲームと言うのが有りました
男女のカップルで組んで最後まで勝ち残ったカップルが
結婚にゴールするという様なゲームでした
そして私と彼女(今の妻)が何と最後まで勝ち残ったのです
当時ロマンチストで文学青年?だった私の事
太宰治にも傾倒していた甘ちゃん
男と女は生まれた時から結ばれる男女は
赤い糸で結ばれている
私は脳に電流が流れました(と言うのは嘘ですが)
何とはなしに「わしはこの子と本当に結婚する運命に有るのでは」
と思いました
そうです運命の赤い糸を感じたのです
そんな訳で紆余曲折は有りましたが
今結婚して今年で44年目なのだ
運命の赤い糸も切れかけた事もありましたが?
最早、運命の赤い糸は木綿製からステンレス製に変わり
錆びても貰いさびくらいで永遠に切れそうにありません
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