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「父よあなたは偉かった」  広島 注文住宅
投稿日:2018年09月24日
2007年09月09日

父よあなたは偉かった

ここ数回住宅の話を書きました。
真面目に住宅の話を書くと何故かブログのアクセス数が
減少するようです。


今回は亡き父親の話を綴ります。
創業者の父は協力業者の人に絶大なる信用が有りました。
私が社長になってからも何人もの業者さんに「会長は太っ腹で人情家で良い人だ」
何度言われた事かそれに比べて私はと言外の言葉が有ったのでしょう。
大阪から帰ってきていきなり専務、偉そうげに大手みたいな事言って
この馬鹿息子何考えているんだ。
多分多くの業者の方にそんな風に思われていたのでしょう。


私の親父は支払日に小切手を切り業者さんの所に配金に回っていました。
集金ではなく配金です。
月末締めの翌月10日にオール現金払い、
会社の常用の大工さんは月15日と月末の2回払い。
おまけにイレギュラーに盆前と正月前は特別に支払いを前払いしていました。


「何故そんな事するんね」と馬鹿息子が問えば「商売人は盆正月にはお金がいるものだ、お前も今に分かるよ」と教えられました。
仕事が終わりお施主さんに請求書を出します
会社は全て現金払いそれも末締めの翌10日払い・・・
お金が余っているわけもなく集金が遅れれば
運転資金を銀行から借りなければならない。


請求書出してもなかなか支払いが無いので私が「親父電話で催促しようか?」
と言うと「徹もう少し待ってみようやあ、誰もお金払わんと思っている人はおらん
都合が付かないから払えないんじゃろうもう少し待ってあげようや」
そんな話の翌日に振込みの電話があったり、支払いするから集金に来てください
と連絡が有った事は一度や二度ではないのです。
「昨日電話せんで良かったね」と親父に言うと
満面笑みで「良かったのお~」答えてました。


何十年も手堅く商売をして来た親父が、経験から学んだ処世術だった
のでしょうか?
でもそんな事は出来そうで出来ない私は改めて思います。
親父は偉かったなあ~と・・・・・
「徹手形だけは貰わないし切らないこれだけは守れよ」
何度も言われました。
その事は守り続けています。


私は自分の息子に死んでからこんな風に述懐して貰えるかしら
「親父は偉かったなあ~」と・・・・
「親父はエラかったなあ~言う事がきつかった」と思われる位が
関の山でしょうが・・・
こんな駄洒落は寒いですね!





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「72歳のスーパーじいさん」   広島 注文住宅
投稿日:2018年09月23日
2007年09月05日
72歳のスーパーじいさん
私が大阪の修行から帰った時親父は69歳でした。
しかしとてつもなく馬力が有りました。
その頃はまだ住宅の基礎は無筋の時代私の会社では基礎工事も
自前でやってました。
基礎を掘るのも手掘り型枠は大工さんを親父が指導して組んでました。
基礎のコンクリートもミキサーを回して現場で砂、セメント、砂利、水、
を調合して打ちました。
少ししてさすが基礎は外注にしましたが
私が帰って2~3年して親父が72歳の頃
従兄弟の家を川内のほうで新築したとき砂利と砂が余りました。
それを親父と取りに行った時の事一番大きい角スコでトラックに積むのですが
私は10分もしないうちに息が切れて手を休めると72歳の親父が
「徹もうばてたか?体がなまったのお~」と言われてしまいました。
大阪で7年の現場監督の修行作業員ではないので肉体労働はしていません。
ご幼少の頃からスパルタ教育で現場で鍛えれられた頃のスタミナは
どこへやら自分でもなまったなと思いました。
それにしてもこの親父は何じゃ
72歳でこのスタミナはこの調子で同じようにやっていると
殺されると思うほどでした
大工からのたたき上げの親父は何でも出来ました。
廿日市のN様では庭師でもないのに庭を池から庭木、土間の石張りから全て谷口さんと言う
片付け名人(このおじさんは本当に片付けをさすと天下一品でした)
と使い二人でやったほどです。


植木市では造園屋に混じりせりで植木を買っていました。
木が好きで能美島では家を建てる所に造成の段階で木や灯篭を
沢山置いたものだから造園屋が来るものだと近所で思われていたようです。
色んな意味でユニークな親父でした。


 

 



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「N君のこと」 広島 注文住宅
投稿日:2018年09月22日
2007年09月28日のブログ

N君の事

高校時代に友人だったN君は一年ダブってました。
他の高校に行っていて継母でぐれて転校して来たようです。
彼と私の共通の趣味が文学と言う事で親しくなりました。
私は大学に行きましたが彼は高校卒業して日産に就職しました。
千葉にいた私に一通の手紙が来ました。
昨日の私の話ではないですが・・・・
「今新入社員の訓練で合宿所に来ていますがとても訓練が厳しく
私は今日そこから逃げ出します。
軟弱な私は人間失格ですと言うような文面でした。」
まるで私と彼の当時崇拝していた太宰治ばりの文章でした。
私は彼に直ぐ返事を書きました。
お返しに負けず劣らずの太宰調の文面で・・・・
東京の上野に彼は住んでいましたが日産を辞めたと言うか
首になり、大半が女性の職場、おまけに彼の部署で若い男は彼だけ
もててもててたまらないと自慢の手紙が来てましたが
同じ会社の女の子三人に手を出し、それが女の子同士に
ばれてしまい総すかんを食って針のむしろだと
上野のアパートに私が遊びに行った時に彼は嘆いてました。

この分だとこの会社も辞めなければ行けなくなるかも
と言ってましたが、それからしばらくして
音信不通になりました。
今彼はどうしているのでしょうか?


				


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